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3.11を機に、東京から福岡へ移住。今宿で目指すあたらしい”豊かさ”

3.11を機に、東京から福岡へ移住。今宿で目指すあたらしい”豊かさ”

写真・文=石田匠
写真提供=須賀大介さん、Smart Design Association

福岡移住計画代表 須賀大介さん

東京で起業した後、2011年に福岡に移住した須賀大介(すがだいすけ)さん。現在は株式会社スマートデザインアソシエーション代表取締役として、今宿の海沿いにあるシェアオフィスSALTなどを経営しています。

シェアオフィス SALT

“大震災をきっかけに、東京から福岡へ。”

須賀さんが生まれ育ったのは、茨城県水戸市。幼い頃は近所の人から食材をもらったり、地域行事に参加したりするのが当たり前の環境だったといいます。高校まで水戸市で育ちましたが、より洗練された環境を求めて大学から上京。

26歳のとき東京でIT企業を起業しました。景気の波に左右されながらも10年間かけて会社は少しずつ大きくなり、社員も40人まで増えたとき、東京での生活を一変させるできごとに襲われました。東日本大震災です。

インドでの会社の拠点づくり
東京時代のご家族

東京で追求していた豊かさとは、お金を稼ぐことでした。しかし震災でインフラが麻痺し、水も買えない状況に陥ったとき、お金があっても買えないものがたくさんあり、経済のもろさを実感しました。

大震災を契機に、それまでのお金に依存する生き方が本当に良いのだろうかと思うようになり、ずっと東京暮らしを続けていくことに疑問を抱きました。そんなとき、水戸で過ごした子ども時代のコミュニティの原体験の記憶を思い出して、「今後は地域に還元し、エネルギーをもらい、良い仕事をつくり上げていきたい」と感じるようになり、移住先を検討するなかで福岡を訪れたのが、今宿との最初の出会いでした。海の色と人のやさしさが、引っ越す決め手になったといいます。

キャンプをする須賀さん

“今宿から提案する、あたらしい生き方。”

福岡に移住してからは、遊びや趣味の時間を大事にするようになりました。お金を稼ぐために深夜までがむしゃらに働いていた東京時代とは大きな変化です。

最近は息子とキャンプをしたり、アウトドアを楽しんだりしています。高祖山に登って寝たり、渓流釣りや海釣りも楽しめたり。今宿は、足下の豊かさを感じられる地域です。

最近では、TOYOTA・近畿日本ツーリストと一緒にSALTでのワーケーションプログラムを作るなど、大企業との共創・共働も増えています。震災から10年。コロナ禍を経て、都心から地域に目を向ける流れが再び加速している今、自分の手で自然と向き合いながら働く豊かさを、改めて今宿から都市圏へ提案しています。

自然環境と寄り添いながら仕事をすると、売り上げのためではなく幸福のために働くようになり、長期的なビジョンが見えるようになりました。また、趣味や余暇を楽しむことで発想も豊かになります。この良さを、企業や移住したい人に発信していきたいです。

スマートデザインアソシエーションのWEBサイトはこちら
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叶嶽神社 春の大祭のお知らせ

叶嶽神社 春の大祭のお知らせ

叶嶽神社 登山口

日時:4月4日(日)
場所:叶嶽神社

午後2時頃まで本殿、遙拝所でらくがんやお神酒の接待を行っています。桜の季節、お弁当を広げる家族連れも多いです。駐車場は3ヶ所で合わせて40台くらい停められます。コミュニティバス「なぎさ号」を利用するときは、「叶嶽宮前」下車になります。

僧侶によるお経と、楽しくてありがたい講話があります。
【僧侶の講話予定時刻】
本殿:9時、10時、11時頃
遙拝所:13時半頃

今宿かるたに受け継がれた地域の想い

今宿かるたに受け継がれた地域の想い

写真・文 末本圭子

今宿かるた
今宿かるた 読み札
今宿かるた 読み札

 今宿を歩くと、どこかで「今宿かるた」に出会っているかもしれません。かるたの題材になった場所に、「今宿かるた」の読み札が建てられているからです。いろは47文字で作られた読み札は、51札あり、今も史跡のかたわらに寄り添っています。かるたはこれまで20年、公民館や学校の郷土学習で使われ、地域の宝になっています。

 「今宿かるた」はどのように地域で受け継がれてきたのでしょうか。


高齢者からのバトン

高令者教室の記録表紙

 昭和56年(1981年)に今宿公民館で作成された「今宿高令者教室の記録」には、「今宿のむかしむかし」という歴史地図が掲載されています。123カ所の地点をチームで分担して調査し、作成したものです。
「学識者や街の古老からの応援を得て、写真を撮り資料を追って調査した」
「この事業は、校区の子々孫々に伝える何よりもよいプレゼントになる」
など、参加者の感想からは意欲と使命感がにじみます。
 当時の受講生は60歳以上の方だから、現在100歳以上の方が、次世代のために伝えてくれたことになります。この歴史地図が、次の展開に繋がりました。


バトンを受け取った母子たち

 平成10年(1998年)玄洋公民館の「地域づくり講座」に参加した4人の女性が編集者となり、「みんなで遊ぼう 今津・玄洋・今宿 探検ガイド」を制作しました。これは、子どもたちと歩き聞き、写真を撮った記録で、当時は写真やイラストを切り貼りして原稿を作る作業だったようです。

探検ガイド 作成メンバー

 歴史地図が次世代の手によって、校区の歴史・伝統・自然のガイドブックになりました。

探検ガイド
探検ガイド
探検ガイド


手づくりかるたから、印刷版「筑前今宿歴史かるた」へ

 平成12年(2000年)、遊びを通して今宿の良さを次世代の人たちとも分かち合いたいと、かるた制作が高齢者教室のテーマに盛り込まれました。そこで参考にされたのが、今宿歴史地図でした。
 手づくりかるたは、今宿小学校1年生との世代間交流の中で初披露され、その後郷土史家の大内士郎氏により「今宿いろはカルタ」として地域情報誌「今宿タイムズ」に連載されました。
 こうして、平成13年(2001年)大内氏の監修による解説書とともに、印刷版「筑前今宿歴史かるた」が完成しました。

今宿かるたと解説書

 それから約20年、郷土を楽しく学ぶツールとして活躍してきました。
 令和2年(2020年)今宿商工業協同組合創立60周年記念誌に、新たに編集された「筑前今宿歴史かるた~今宿の歴史を学ぶ~」が掲載されています。(著者 田中佳子氏)

記念誌表紙

 今宿タイムズに20年関わり(そのうち10年は編集長)、探検ガイドが作成された時に講師を務めた大内士郎氏(当時は玄洋公民館主事)に話を聞きました。


今宿のことを何らかの形で伝えていこうと思う人たちがいたから続いてきた活動。歴史の一端を知ることはすばらしいこと。西都小、玄洋小、今宿小の子どもたちに毎年今宿の歴史や文化を話したり、現地を案内したりしているが、子どもたちから「歴史っておもしろいな」という感想をもらう。このような気持ちが途切れなければいいなと思う。

郷土史家・大内士郎氏からのメッセージ
(左)郷土史家・大内士郎氏


取材を終えて

 「あの時、あの人にあの話をもっと訊いておけばよかった、と思うことがある」と大内さんが言われたのが印象的です。今でも昔を知る人に直接話を聴くことを大切にされています。
 唐津街道沿いの文化財資料室で話を聞いていると、地元の方が大内さんを訪ねて来られました。今宿についての童話を書くための聞き取りでした。このように、いろいろなやり方で、郷土の歴史が受け継がれていくのだと感じました。

願いが叶う「叶嶽神社」。守り続ける住民の思いとは

願いが叶う「叶嶽神社」。守り続ける住民の思いとは

文=横川千夏 写真=横川千夏・時川碧海

叶嶽神社 遙拝所への道

叶嶽神社(かのうだけじんじゃ)の遥拝所は、叶嶽登山口から10分ほど登ったところにあります。さらに1時間ほど登ると、叶嶽山頂(341m)。長垂海岸を一望することができます。

※遥拝所:遠く離れた場所から神仏を拝むための場所
※叶嶽登山口は、バス停「叶嶽宮前」から徒歩1分

コミュニティバス「なぎさ号」のバス停「叶嶽宮前」
(左から) 堤志津男さん、吉積博幸さん、木藤和夫さん

叶嶽神社は、神社でありながら、明治時代の神仏習合によりご神体を「勝軍地蔵」とする地蔵堂でもあります。願いが「叶う」という意味で、「叶嶽神社」と名付けられたという説があります。

今回お話を伺ったのは、叶嶽神社元総代の木藤和夫(きふじかずお)さん、叶嶽神社現総代 吉積博幸(よしづみひろゆき)さん、上ノ原(かみのはる)町内会長の堤志津男(つつみしづお)さん。

叶嶽神社は、吉住(吉積)家によって先祖代々守られてきましたが、最近からは上ノ原地区の町内会で整備などを担っています。

山道の整備

叶嶽山頂までの山道は、定期的に間伐などの整備をしなければなりません。上ノ原地区には、林業や造園業に携わる人が多く、住民で構成される山林組合もあります。しかし、普段中心となっているメンバーのほとんどは60代を超えており、高齢化により担い手が減少していることは深刻な課題となっていました。

QRコードを神社に掲示して、山道の整備のボランティアを募集してみたんですよ。すると、「いつもお世話になっているから」といって、25人の方が集まりました。20代から30代の若い世代が多く、未経験者がほとんどでしたが、熱心に取り組んでくれました。ベトナム人などの外国人の方もおられました。

吉積博幸さん

ボランティアを募集しての山道整備は、毎年11月に実施されています。

健康道場

叶嶽神社には、地元の方々だけでなく、遠方からの参拝者も多く訪れます。「健康道場」といわれるだけあって、高齢者の方が健康づくりのために山登りをする姿がよく見受けられました。そんななか、コロナ禍において「密」が避けられるなか、叶嶽神社には若い世代の登山者も増えるようになったと喜んでいるそうです。

叶嶽 登山口

若い世代の人との交流もつくっていきたいですね。年に4回ある大祭のときに露店を出してもらったり、建物のデザインを考えてもらったりして、上ノ原全体を盛り上げていきたいです。

吉積博幸さん

叶嶽神社のWebサイトはこちら

本場ドイツの味を、今宿で。焼きたてパンの美味しさを伝え「ゾンネン・ブルーメでのパンづくり。

本場ドイツの味を、今宿で。焼きたてパンの美味しさを伝える「ゾンネン・ブルーメ」でのパンづくり。

写真・文=横川千夏

ゾンネンブルーメ チーフ 江頭正樹さん

今宿駅前、長垂海岸からの潮風漂う住宅街に、焼きたてパン工房「DIE SONNEN BLUME(ゾンネン・ブルーメ) 」があります。ドイツ語で、「ひまわり」

ゾンネンブルーメ 店の外観
ライ麦パン「ゾンネンブルーメ」

チーフを務めるのは、江頭正樹(えがしらまさき)さん。

父であるErwin Betzさんが、1972年にパンの技術顧問としてドイツから来日。日本で生まれ育った正樹さんは、20歳でヨーロッパに留学。ドイツで5年、スイスで3年半、パンやお菓子作りについて学び、修行を積みました。2006年に、今津(福岡市西区)で製粉会社の事業の一環としてゾンネン・ブルーメを開業。2017年からは店舗を今宿に移し、営業しています。

食事としてパンを楽しんでほしい

日本では、パンの人気が高まりつつあるものの、食パンや菓子パンを食べることが多い状態。正樹さんは、より多くの人に食事としてのパンを楽しんでほしいといいます。

店内のパン

正樹さんがこだわるライ麦パンには、食事としてパンを食べてほしいという思いが込められています。通常の小麦パンよりも、ミネラル・食物繊維・タンパク質・ビタミン・カルシウム・鉄分などの栄養素が多く詰まっており、現代人の食生活で不足しがちな栄養素を、毎日の食事の中で美味しく摂ることができるのです。

また、食事としてパンを食べるのに欠かせないのは、「焼きたて」であること。

焼きたてのパンって、炊きたてのご飯みたいに美味しいんです。パンは、窯から出て2時間経ったものがいちばん美味しい。焼きたてを目当てに来店される方もいらっしゃいますが、その感覚をもっと多くの人に伝えたいです。

そんな正樹さんが、パンを食事として楽しんでほしいという思いがあるからこそ、パンを売るうえで大切にしていることは3つ。1つ目は、添加物や防腐剤を使わないこと。2つ目は、過剰広告をしないこと。最後は、適正価格で販売すること。一見当たり前のことのようですが、商売をするうえではどれも難しいこと。

うちはおにぎり屋さんなんですよ。おにぎりに、高いお金を出すのはおかしいでしょう。だから、クリスマスのシュトレンでも、適正価格で売るようにしてるんです。

好きなパンを選べるように

お客さんには、今宿地域の方だけでなく、佐賀や久留米、北九州など遠方からの方も多いそう。そんななか、今宿周辺や糸島市内に在住する海外の方も増えているいて、特に九州大学が伊都キャンパスに移転してきてから、イスラム系のお客さんが増えています。

店内のサンドイッチ

好きなものを食べればいいじゃん、と思うんです。

ラード不使用のパンをひとつだけ置いても、その人はいつもそのパンしか選べません。そうじゃなくて、そのときに食べたいものを選べるように、サンドイッチでも、1種類ではなく、数種類置くようにしているんです。

ラードは、パン作りに使われる油脂の一種ですが、豚の脂肪から作られているため、イスラム教徒の方は食べることができません。ヨーロッパでの修行を通して、日本では馴染みの薄い文化や宗教の多様性に触れたことが、『好きなものを食べてほしい』という思いにつながっています。

ゾンネン・ブルーメのWebサイトはこちら