今宿で、野枝に学ぶ

今宿で、野枝に学ぶ

3月18日に、今宿の地を訪れました。明治期の、婦人解放運動家で知られている伊藤野枝の墓石を見に行くためです。

写真・文=村社菜々子

きっかけ

大学で催されたイベントがきっかけで、野枝に興味を持ちました。昨年の10月頃に、作家の村山由佳さんの講演会があり、課題本として扱われたのが『風よあらしよ』でした。伊野枝の出身地が今宿であると聞き、いつか訪れてみたかったのです。

↑村山由佳さん作、野枝を主人公とした小説『風よあらしよ』

昨年の12月後半、友人らと叶岳を訪れました。インターネットで検索したところ、この山の中に、野枝の墓石があるとの情報を得ました。二時間ほど山の中を歩き回りましたが、見つかりませんでした。その日は泣く泣く諦めて、カキ小屋でお昼ご飯を食べて帰りました。

↑叶岳の5合目あたりから見えた、今宿の景色

リベンジ

横川さん(※今宿プロジェクトの立ち上げメンバーで、当時九大法学部4年)にご紹介いただいた郷土史家の大内さんのご協力により、墓石のある場所を案内していただけることになりました。大内さんによると、野枝の墓石は叶岳ではない、別の山奥にあるとのことでした。

JR今宿駅から車で10分ほど、ローソン今宿大塚店へ。そのすぐ隣にあった曲がりくねった細い道を進んでいきました。車の窓から見る景色は次第に緑が増え、道も狭くなっていきました。

たどり着いた山奥のさらに奥へと進むと、舗装された道から外れた目立たない場所に墓石がたたずんでいました。山は赤土で覆われていたためか滑りやすく、靴は落ち葉だらけに。直垂海岸を見ることができる場所にあると本に書いてありましたが、周りは木が茂っていて、海を拝むことはできませんでした。

↑ついに、墓石とご対面

墓石の周りには古墳があり、大内さんによると400~500もの古墳が眠っているそうです。

古墳だけでなく、イノシシを捕獲する罠もどこかに埋まっているそうです。

↑墓石のすぐ近くにあった、古墳らしきもの(落ち葉で分かりにくいが、少し地面がへこんでいる)

 おわりに

女性の解放を、100年も前から主張していた野枝に対して、尊敬の念を抱きました。一方で、記念碑や看板といった目印になるものが少ないことが不思議でした。全国から訪ねてきても、見つけることができずに帰ってしまう人も多いそうです。

野枝の没後100周年という節目に、今宿を訪れて野枝に学ぶ機会に恵まれ、嬉しく思います。このご縁を大事に、筆者も少しずつ発信をしていこうと思います。

復活継承してきた今宿青木獅子舞〜それを支える人々

復活継承してきた今宿青木獅子舞〜それを支える人々

写真・文 末本圭子         取材協力 柴田理香

獅子舞の歴史は古く、約1300年前、高祖山の怡土城落成の時、青木地区の住民が獅子舞を奉納したのが始まりと伝えられています。戦後一度復活しましたが、後継者不足で途絶え、昭和50年に再復活しました。昭和52年、「福岡市無形民俗文化財」に指定され、今に続いています。

八雲神社の元旦の奉納
練習に集まった獅子舞保存会のメンバー

参加のきっかけ


復活させた当時のメンバーから地域の男衆に伝承してきました。そのためメンバーの大半は青木に住んでいる人で、親子3代で参加している人もいます。

メンバーのひとり藤井さんは、「サラリーマン生活が終わり、青木に戻ってきた時に、町内のことをほとんど知らないなと気づいた。青木の親善スポーツ大会で獅子舞を見て、びっくり。こんなのがあったのか!地元に溶け込むなら、これをやってみたいと思った。妻の勧めもあった。」と参加の動機を語ります。

上原文兵さん(35歳)は、「縁でしかない。結婚した妻は青木出身で、義理の父は獅子舞保存会のメンバー。自分も小さい頃から獅子舞を見ていたし、無形文化財を保存する活動はおもしろそうだと思った。」と言います。
後からもうひとつの動機を聞きました。「獅子舞保存会のメンバーは、自分が小学生の時にソフトボールを教えてくれた地域のお父さんたち。お世話になったので、今度は獅子舞で貢献できるならうれしいと思い、引き受けた。」
上原さんは、22歳まで青木で育ち、今は東区在住。毎月、獅子舞の練習日に合わせて青木の実家に帰省しています。「今宿は住みたくなるまち。いつかは帰ってこようと思う。」と語ります。

笛の練習をする上原さん

今宿小学校で体験学習

今宿小学校の3年生には平成12年から毎年、獅子舞を披露して、子どもたちにも実際に体験してもらっています。体験後、「これからもやりたい」という3年生の男の子が練習に参加するようになり、その子のお父さんもいっしょに入会しました。

活動内容

八雲神社の元旦奉納、老人ホーム等約10カ所を慰問(元日)、今宿小学校での体験学習、など地元での活動とともに、平成25年のWBC(ワールドベースボールクラシック)福岡大会レセプション出演など、多い年は、19公演に及びます。

そのため、新しい人が入ってきても覚えられるように、20年前から毎月練習するようになりました。

継承

3代前の会長 久保矯志(ためし)さんがセリフを文字に起こしてくれて、それを継承しています。それでも、「あやとり」「鬼女」の2演目は、セリフや曲がわかる人はもういなくなってしまいました。

1951年(昭和26年)獅子舞集合
2015年八雲神社にて

舞うことの難しさ

獅子の頭は重さ8キログラム。獅子のたてがみを振りまわし、胴体の3メートルの布を引き上げるので、それ以上の重さに感じるそうです。
獅子頭と尾の呼吸を合わせるのが大変で、合っていないと獅子(の胴)が折れたり、胴布が無駄に突っ張ったりして力を消費してしまいます。獅子が折れるのは、一番見苦しいそうです。尾の方の人は、頭を下げたまま、腰を曲げた姿勢で、獅子頭の人と距離感を保つことになります。頭をあげて、ラクダのこぶのようになっては大変。
年長者がいっしょに駆け回り、若い人も息を切らして何度も動きを確認していました。

青木の集会場にて練習風景
20年以上獅子頭を務める渡辺清嗣さん

地域の文化を継承する活動に関心がある方は問い合わせてみてはいかがですか。

問い合わせ先

今宿青木獅子舞保存会  会長 柴田康幸
            TEL 092-806-6000
携帯 090-8834-8328

地域の伝統を受け継ぐ子どもたち ~今宿・玄洋子ども太鼓~

地域の伝統を受け継ぐ子どもたち ~今宿・玄洋子ども太鼓~

体育館いっぱいに響く太鼓の音。「今宿・玄洋こども太鼓」の練習が、今宿青木の西部ガスの体育館で行われています。

ここ2年あまりは、コロナ禍でみなさんに見てもらう機会がないまま、6年生は卒業していきます。12月の練習風景に立ち会いました。

始まり

「今宿・玄洋こども太鼓」の始まり。今宿纒太鼓のメンバーの子どもたちが、親の練習に同行していて、見様見真似で太鼓を叩き始めたのをきっかけに、子どもたちで太鼓チームを作ろうということで、平成7年に結成しました。

今宿纒太鼓とは

メンバー全員が福岡市西消防団 今宿分団の団員で、ポンプ操法大会の応援太鼓をきっかけに、昭和49年より、消防のイベントなどで活動しています。

纒(まとい)とは

長い棒の先に​​​​纒頭という飾りをつけて、その下に馬簾(ばれん)という房飾りを垂らしたもので、江戸時代の火消しの組の旗印になっていたそうです。現在でも、分団ごとにマークがあります。馬簾は、火の粉を払うということで、縁起担ぎの意味もあります。纒を振る時に、太鼓を叩いていたのが、今の纒太鼓の元になっています。

活動内容

主に、各町内の夏祭りや、今宿商工会祭り、徳正寺花祭り、今宿花火大会など、地域のイベントに出演しています。文化祭でダンスサークルとコラボしたり、福岡ボートのイベントや福岡市役所のイベントにも出演したことがあり、依頼があれば、どこへでも駆けつけます。西区まるごと博物館という西区役所のイベントにも毎年参加していて、今宿纒太鼓ともども、西区の宝として登録されています。

教えているのは

現在、子どもたちにボランティアで教えているのは、西消防団 今宿分団の団員で、今宿纒太鼓のメンバーである高木英和さん(今宿谷在住)です。

高木さん談

練習会場は、いくつか転々と変わりましたが、今は、西部ガスの体育館を借りて練習しています。太鼓の音はとても響くので、音が出ないようにラバーを被せて叩いたこともありましたが、ここでは思いっきり叩くことができます。今は男子が多いけど、一時期は、女子が多いこともありました。コロナ禍の今、発表する機会が少ないけれど、逆に、曲を覚える時間がたくさんあります。まず、声に出して曲を覚え、それから、バチでたたく練習に入ります。口で言えないと、みんなでたたいた時に合わないからです。

曲のレパートリーには、『海』、『仲間』、『瞬間(とき)』、『舞』、『美ら海』、『八木節』、『三宅』、『祭り』、『回帰』などがあります。

子どもたちより

6年生2人に話をききました。

「(太鼓の魅力は)みんなで最後に音がピシッと合った時の気持ちよさです」

「(太鼓を始めたきっかけは)谷の祭りで見て、かっこいいなと思って始めました」

小学生の皆さんに対しては、「気持ちいいし、かっこいいので、ぜひ、いっしょにやりましょう」とメッセージをいただきました。

【問い合わせ

練習は月に3回程度、土曜日に実施していますが、今宿か玄洋の各公民館にお問い合わせください。

会費はいただいてませんが、はっぴ、バチなどの費用は、入会時にいただいてます。(13,000円程度)

「ここ10年くらいの日本酒が一番おもしろい」柴田酒店・店主が語る日本酒の可能性とは

「ここ10年くらいの日本酒が一番おもしろい」柴田酒店・店主が語る日本酒の可能性とは

今宿駅から長垂海岸へ向かって歩くこと5分、唐津街道沿いに「柴田酒店」があります。三代目店主であり、「きき酒師」でもある柴田真人さんにお話を伺いました。

※「きき酒師」とは:日本酒提供・販売者資格。日本酒について、味わいや香りの特徴、料理との相性などについて豊富な知識をもつ。

もともとは、今トライアル(柴田酒店から徒歩10分)があるところに、酒蔵があったんです、そこで桶職人をやってたのが僕の祖父。その素材が木からホーローに変わるということで、先々のことを見越して、酒屋にしたのではないかと思います。

柴田さんが高校卒業後に店を手伝い始めた当時は、店で購入した酒を店内で立ちのみする「角打ち」で賑わっていました。しかし、格安のお酒の流通といった時代の変化もあり、徐々に、角打ちから小売での営業形態へと移行することにしました。

モットーは、「お酒を選ぶお手伝い」

現在のお店のモットーは「お酒を選ぶお手伝い」。「きき酒師」でもある柴田さんは、全国各地の酒蔵を回ったり、時には酒造りに入ったりしながら、そのための引き出しを増やしてきたといいます。

ネットで見るのとは全然違います。匂い、空気感、地域性。久留米の蔵には、3泊4日で酒造りに入って、そこで大体分かりますね。はてなと思ってたことがああーそうかとなる。そこは自分で現場に行かないと分からないですよ。

お酒選びでは、甘み辛みすっきりさといったお客さんの嗜好を、季節感や地方性といったお酒の特徴に照らし合わせて、提案を変えていくのだといいます。

料理でいう「本日のおすすめ」がお酒にもあります。

秋は新米ができて、搾りたてはフレッシュでインパクトがあるが、まろやかさがない。夏になると、お酒もまろやかになり、アルコール度数を下げた飲みやすいお酒が発売になります。

お酒には地方性もあって、地方の料理=しょうゆにあっています。東北に行くと、塩漬けの文化なので辛い酒をあわせる。淡麗辛口。西日本にくると、九州じょうゆのように甘い酒が受ける。瀬戸内海は優しい。日本海は荒い、味が濃いのがいい。地方を言われると、だいたい味の検討がつきますが、それは、そういう料理があるからなんです。

「ここ10年くらいの日本酒が一番おもしろい」

ここ10年くらいの日本酒が一番おもしろい。味が自由になってきたんです。日本酒といえば淡麗辛口で新潟のお酒が一番いいと考えられていましたが、酒蔵の後継者が大学を卒業して帰ってきて、僕らはそうじゃないという自己主張する。そして味が多様化しているんです。お米の作り方から酒を作る酵母・麹の開発、醸造の機械などの技術開発も進んでいます。

さらに、日本酒の多様化に伴って、日本酒を楽しむお客さんにも変化が生じてきているといいます。

日本酒とかワインは味わいを楽しむもの。ワイングラスでワインを飲んでいた人が日本酒を飲むようになっています。色々飲んでみたいという人が増えて、昔は一升瓶が多かったんですが、今は小さいサイズが多いです。

今や、日本酒は海外でも高い評価を受けています。柴田さんとお話するなかで、日本酒を日本の文化の一つとして伝え、盛り上げていこうという強い意志を感じました。

また、店を訪れたお客さん同士がつながったり、柴田さんが人を紹介したりすることもあるそうですが、今宿のハブとしての役割を果たせるのは、今宿をよく知る柴田さんだからこそだと思います。日本酒のことだけでなく、今宿のことについて知りたいという方は、柴田酒店を訪れてみてはいかがでしょうか。

柴田酒店のウェブサイトはこちら

今宿の欠かせない生活の足、「なぎさ号」 その現状と、守り続ける努力について

今宿の欠かせない生活の足、「なぎさ号」

その現状と、守り続ける努力について

写真=岩本社長・横川千夏・時川碧海・服藤悠一郎 文=服藤悠一郎

姪浜タクシーは、福岡市西区を中心に、タクシー・貸切バス・路線バスを運行する会社です。特に路線バスの「なぎさ号」は、今宿に住む人々の生活の足として、重要な役割を担っています。そんな姪浜タクシーの実情と取り組みについて、岩本社長にお話を伺いました。

岩本社長

「なぎさ号」とは

ナンバープレートをよく見ると「・793」…そう、「なぎさ」なのです!

「今宿姪浜線」とは、姪浜駅北口~今宿駅前~今宿野外活動センターを結ぶバス路線です。姪浜駅北口~今宿野外活動センターが、平日9往復・土日祝日8往復、今宿駅前~今宿野外活動センターが平日1往復設定されており、乗車定員32人(座席定員18人・立席14人)の小型バス「なぎさ号」で運行されています。

主な利用者は、買い物や通院をされる地元の方々です。筆者が乗車した時も、マルキョウがある青木入口と、住宅地に近い上青木の停留所で、乗り降りが多かったように思います。また、利用者の多くが回数券を利用されていました。車内でお話を伺うと、自分では運転されない高齢の方が、頻繁に利用していると答えて下さいました。今宿に住む人々の多くが車で移動する中で、バスを必要としている人が、数は少なくとも確かにいらっしゃいます。

元々この区間は、昭和バスの路線でした。しかし、青木・上ノ原は今宿でも特に人口減少率・高齢化率が高い地域であり、収支の悪化から昭和バスが平成17年に路線廃止を申し出ます。そこで、平成18年に地域住民・姪浜タクシー・福岡市による連絡協議会が発足し、姪浜タクシーが運行を担い、福岡市が経費を補助して路線を維持する、現在の体制に移行しました。

路線存続の在り方について検討するため、同年に9人乗りのハイエースを使用した実証実験が行われました。その中で、1便に15人ほどの需要があることが分かり、小型バスでの運行が始まりました。しかし、その後も沿線人口の減少が進行し、運営は厳しい状況にあります。

フリーパス「通行手形」

デザインが新しくなった「通行手形」。叶嶽神社の神紋が入りました。「なぎさ号」の名前は、利用者の公募で選ばれたもので、他には「かのう号」という案もあったそうです。

定期的な利用者の減少が今後も見込まれる中、沿線内外の人々に観光利用してもらおうと、姪浜タクシーでは日曜・祝日限定のフリーパス「通行手形」を発行しています。「なぎさ号」の沿線には、生の松原にある防塁や叶嶽神社などの見どころや、今宿野外活動センターという体験施設があり、これらを訪れる際になぎさ号を利用してもらうことが目的です。この「通行手形」には特典がついており、沿線の飲食店で提示するとサービスを受けられる企画「麵街道の旅」を行っています。また、この「通行手形」を野外活動センターで提示すると、スポーツ用具の貸し出し、または利用料金の割引を受けられます。

コロナ禍での取り組み

海とヨットをイメージした車体側面のロゴは、社長がデザインされたそうです。ベースの白は、ただの白ではなく「純白」という特別な塗装だとか。取材の中で、姪浜タクシーが保有されている様々なバスについて紹介して頂きました。写真の3台は、約35人乗りの中型デラックス車。

新型コロナウイルスの影響を受けて、「なぎさ号」の利用者数が、令和2年度は前年度に比べて3割以上落ち込み、特に土曜日・日祝日の利用者数は5割近く減少する、深刻な状況となりました。また「なぎさ号」に限らず、貸切バスの需要が減少し、整備費用が会社の経営を圧迫しています。

そこで姪浜タクシーでは、人々が外出を控える中でも、野外活動センターの駐車場が土日ごとに満車になることに注目しています。なぜなら同センターでは、主に家族連れを対象とした様々なイベントを開催しており、また同センターはハイキングコースのスタート地点として知られているため、多くの人々が訪れるからです。実際、コロナ禍に入ってから利用者が増えたそうです。密回避が叫ばれる中、アウトドア体験に対する関心の高まりに驚いたと、社長はおっしゃいます。令和3年度は、自家用車で同センターを訪れる利用者になぎさ号を使ってもらおうと、ハイキングと食事を組み合わせたツアーを企画しています。

今後は、沿線の魅力を大学生にも知ってもらい、貸切バスの利用につなげたいと意気込んでいらっしゃいました。今宿にお住まいの方もそうでない方も、バスを利用して、「密」にならない余暇を過ごしてみるのはいかがでしょうか。

野外活動センターから眺める今宿の景色。

姪浜タクシーからのお知らせ

姪浜タクシーでは、スマホ向け無料配車アプリ「西タクInfo」を公開しております。お名前とお電話番号を登録して頂くと、通話もしくは画面の操作でタクシーを依頼することができます。「なぎさ号」の時刻や沿線のイベントについても、アプリからご確認ください。

ダウンロードは、こちらのQRコードから。ぜひご利用ください。

https://smappon.jp/bv04iw03

リンク

・姪浜タクシー:http://www.meinohama.co.jp/ 

※「なぎさ号」については、「路線バス事業」からご確認ください。

・今宿野外活動センター:http://imajuku-yagai.jp/

※新型コロナウイルスの流行を受けた施設の利用状況につきましては、最新の情報をご確認ください。

今宿駅前の巨大な工場「三菱電機パワーデバイス製作所」の内部に迫る!

今宿駅前の巨大な工場「三菱電機パワーデバイス製作所」の内部に迫る!

写真=石田匠 文=石田匠

 今宿駅のすぐ近くにある「三菱電機パワーデバイス製作所福岡」。今宿駅を利用する際に目に入るため、存在を知っている方は多いかも知れませんが、どんな人が働いているのか、どんな製品を作っているのかはあまり知られていません。今回、三菱電機パワーデバイス製作所について総務部の冲永さんにお話を伺いました。

そもそも、何を作っている工場?

まずは単刀直入に、どんなものを作っているのか教えてください。

ここの工場で製造しているのは、”パワー半導体”というものです。パワー半導体は、身近な自動車や鉄道、家電だけでなく、産業用ロボットや太陽光発電、風力発電など様々な製品に搭載されており、この分野で三菱電機は、業界トップシェアを誇っています。そして、パワー半導体は、電力を効率良く制御する働きを行い、省エネ化に貢献しています。

パワー半導体

なるほど。私達の生活を支えてくれている、大事なデバイスを作っていたんですね。でもどういう経緯で、今宿に工場ができたのですか?

今宿に三菱電機の工場ができたのは、戦時中の1944年に遡ります。当時は探照灯(サーチライト)を製造していました。ここに工場を作った理由として、今ほど住宅地が広がっておらず広い土地が確保できたこと、また近くには大都市圏があり、働く人も確保できたことなどが挙げられます。

1944年頃の福岡工場

戦後も三菱電機福岡製作所として、電動機・電気ホイスト・電動工具などを製造してきました。従業員には、男性は設計・製造、女性は検査など役割分担のもと、今宿の方も多く働かれていたようです。そして1970年代からは、いよいよ今に繋がるICチップ(半導体デバイス)の製造を開始しました。九州はシリコンアイランドと呼ばれるほど、全土でICチップの製造がさかんですが、その皮切りとなったのが三菱電機です。

三菱と今宿のつながり

たしかに、中学校の社会科で、「九州はシリコンアイランド」と学んだのを思い出しました!従業員のみなさんと今宿地域には、現在はどんなつながりがあるのですか?

去年に引き続き今年も開催できませんでしたが、”玄菱会(げんりょうかい)”という夏祭りを、今宿の三菱グラウンドで毎年行っています。従業員が焼きそばなどの露店を出店し、地域住民の方も多く足を運んでくれます。また、長垂海岸のビーチクリーンも実施しています。

夏祭りの様子

東京、大阪にも事務所や工場を構える三菱電機ですが、福岡工場は人気の赴任先です。物価も安く、ご飯が美味しいので、私も満足しています。家族で暮らしている人は、九大学研都市や姪浜、西新から通勤している人が多いですね。

福岡工場ならではの魅力としては、どんなものがあるでしょうか?

自然が豊かなことが挙げられますね。週末は子ども連れの社員向けのイベントとして、野外活動センターでアクティビティをするイベントもありました。また、工場の中も自然の豊かさを保つ努力をしています。敷地内には旧松本川が貫いています。工場周辺の川は護岸工事が進み、かつての生態系は失われつつありますが、工場内の川は昔からの姿をそのまま保っています。メダカも泳いでいて、社会科見学に来た小学生にも見てもらっています。

工場内を流れる旧松本川

自然豊かな工場から、私達の生活に欠かせないものづくりをしていたのですね。本日はありがとうございました。

(取材後記)
 工学部出身のわたしは、技術を社会にわかりやすく伝える手助けをできれば、という思いで今回の取材を担当しました。今宿を代表する大企業の方へのインタビューは、いかがだったでしょうか?気さくにお話を聞いてくださった冲永さん、本当にありがとうございました。

参考リンク

プロジェクトME 福岡県パワーデバイス製作所編

楽しい学びを子どもたちに〜わくわく今塾〜

楽しい学びを子どもたちに
〜わくわく今塾〜

写真・文 末本圭子

2021年7月17日、今宿公民館でにぎやかな子どもたちの声が響いていました。小学生15人が参加しているわくわく今塾の今日のテーマは、「三角綱引き」。
3人がロープを引っ張り合い、バランスをとって水が入ったペットボトルをバケツに入れる活動でした。そのあと、3つのばねばかりを使って三角綱引きのしくみをみんなで話し合いました。各グループには、アシスタントボランティアの高校生4人が寄り添いました。

 

 わくわく今塾とは

わくわく今塾は、「楽しい科学実験や身の回りを観察して、 自分で「なぜ?」を探して考えてみよう‼ 何か面白い発見があるかもしれない」を目的に開催される17回の連続講座です。
講師は、今宿在住の福岡大学名誉教授 山口住夫さんです。
山口さんは、大学の定年を機に、「今までと違った、もっと楽しい教育を作って、広げてみたい。そうすれば、子どもたちの目も輝くし、地域の子どもたちが生き生きしていることが、大人たちにとってもいちばん喜ばしいことではないか。それを故郷の今宿から広められないか。」との思いから昨年8月から活動を開始しました。

山口住夫さん

 

子どもの経験を増やしたい、それは「あそぶ」ことから

「大学で50年教えてきて、学生の想像力が乏しいことがずっと気になっていた。それはなぜか? 子どもの頃に、自由な「遊び」をあまりやっていないからではないか。小学校以来ずっと、習ったことだけをそのまま覚える「勉強」を求められて、自分の連想や考えを話す機会が無かったのではないだろうか。子どもの経験を増やすこと、それはいろんなことを「あそぶ」ことに外なりません。」と山口さんは話します。

体験と知識をつなげる

「習ったこと、難しいことを、自分の体験と結びつけて語れるようになってほしい。そうすれば、知識がホンモノになる。たとえば、料理はすべて化学実験。掃除は、物理のかたまり。家事の手順はプログラミング。」と山口さんは高校生たちに語ります。
公民館の古川館長は、「今つながらなくても、後でつながる時がくるので、むずかしいことも子どもたちに話してください」と山口さんにお願いしているそうです。

地域の問題に気づけるボランティア活動

玄洋高校2年の八谷直登(はちやなおと)さんに、アシスタントボランティアに参加するきっかけをききました。

「玄洋高校ではSDGs(※1)クラブに入っています。これまでボランティアをやりたくてもきっかけがなかった。他の部活動でやりたいと思えるものがなかったけど、SDGsクラブならやりたいと思えた。他には「今津元寇防塁・松原掃除ボランティア」に参加したことがあります。
SDGsクラブの活動を通して、地域の人とコミュニケーションとったり、知らなかったことを知ることができたり、地域の問題に気づくことができたりします。いろんな経験ができて将来を考えるきっかけになると思います。」

アシスタントボランティアの高校生と小学生たち

地域と接点がある学び

講座に参加する生徒たちを見守っていた玄洋高校の松畠教頭先生と安川進路指導部長にもお話をききました。
「生徒たちは地元愛が強く、就職を希望する大半は地元企業を選択します。大学進学をする生徒の中には、地方創生系の学部に進む子も多い。だから、地域と接点がある学びが大切だと考えています。」
「ボランティア活動を通して、地域での自分の関わり方を見つけてほしい。自分の身の回りの困りごとに対して、どう参画していくか、自分がどう役立つか、考えてほしい。それが、自己有用感を高めることや進路実現につながると思います。」

ボランティアクラブから、SDGsクラブへと名称が変わったのは、生徒たちがボランティアよりもさらに主体的に社会の課題に関わってほしいという思いからだそうです。
地域の中に、子どもの学びに貢献したい人と、地域の課題に関わりたい学生がいることで、どんな展開になっていくのか、楽しみです。

わくわく今塾についてはこちら
https://www.facebook.com/%E3%82%8F%E3%81%8F%E3%82%8F%E3%81%8F%E4%BB%8A%E5%A1%BE-106114187848616


※1 「SDGs(エスディージーズ)」とは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です。
貧困や飢餓といった問題から、働きがいや経済成長、気候変動に至るまで、21世紀の世界が抱える課題を包括的に挙げられています。

ぶどう作りは試行錯誤の連続。「吉積ぶどう園」次期後継者の挑戦とは

ぶどう作りは試行錯誤の連続。「吉積ぶどう園」次期後継者の挑戦とは

写真=横川千夏・末本圭子・服藤悠一郎 文=横川千夏

今宿駅から南側へ向かい、202号線バイパスを越えると、今宿上ノ原地区に「吉積ぶどう園」があります。「吉積ぶどう園」では、10種類以上のぶどうを栽培し、毎年7月下旬から8月にかけて直売所で販売しています。

収穫・販売を間近に控えた7月初旬、次期後継者となる吉積文城(よしづみふみき)さんにお話を伺いました。おじいさまの代からぶどう園を営まれていたこともあり、小学生の頃からぶどう農家になることは考えていたそう。高校卒業後、農業大学校へと進学。岡山で半年ほどの修行を経て実家である吉積ぶどう園で、ぶどう農家としての生活を始めました。

ぶどう作りは試行錯誤の連続

上ノ原地区には、かつて40軒ほどのぶどう園がありましたが、今は3軒にまで減ってしまいました。ぶどうを市場に出すと価格が安定せず、後継者不足も起こってしまっているためです。そこで、吉積ぶどう園では、直売方式を導入し、6年ほど前から直売所を建てて販売しています。

ぶどう農家となり20年ほどになる吉積さんですが、ぶどう作りは毎年、試行錯誤の連続だといいます。たとえば、「皮の薄いぶどうが割れてしまうのはなぜなのか」という問題に対して、風を当てるのがいいのか、水をあげすぎないようにするのがいいのか、実験を繰り返していくといいます。

それでも、ぶどう作りを探求し続ける原動力となっているのは、お客さんの存在。「毎年来てくれるお客さんのために、1年間頑張っている」といいます。

ぶどうにかける思いと挑戦

そんな吉積さんには、ある目標があります。一つは、上ノ原地区にある耕作放棄地をワイン専用品種のぶどうを栽培する、ということです。今宿の田んぼの7割が飼料米用となっており、後継者不足もあり耕作放棄地も増えているといいます。地域のマイナス面を逆手に取り、ワイン作りという新たな挑戦を試みています。もう一つは、会社をつくり、人を育てるということ。そのために、JAの青年部や消防団とのかかわりなど、外との交流を大切にしているといいます。

今年の直売所での販売は、7月22日から開始予定(7月22~25日は先行発送受付期間。通常販売は7月29日~)。晴れの日が続き、ぶどうの糖度も上がっているそうです。この夏、今宿のぶどうを味わってみてはいかがでしょうか。

吉積ぶどう園のウェブサイトはこちら
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自分が、相手が、食べて美味しいものを。筑前堀の、食との向き合い方。

自分が、相手が、食べて美味しいものを。
筑前堀の、食との向き合い方。

文 / 写真=時川碧海

ほっと息をつきたくなる、そんな筑前堀。
今宿の山の麓に、昔ながらの日本家屋、素敵なお食事処があります。

和食からフレンチまで、幅広く手がける女将、吉田紀子さんにお話をお伺いしました。

筑前堀の前で微笑む吉田さん

はじまり

 食べることが、とにかく好きだったという紀子さん。中学・高校時代もお菓子作りに励んでいたと言います。大学は文学部に進学し、食品を取り扱う会社に就職しましたが、どうしても、”完成品の活用でなくて、ゼロから自分で作りたい” という想いで退社。本格的な料理人の道を、歩み始めました。

念願の料理人への道

 常連さんだったフランス料理店の夫婦に、フランス旅への同行を提案されたのをきっかけに、フランス料理店で働くこととなります。フランス語を話すことも書くこともできない中、メニューを見て覚えるなど道中の様子から、スカウトされたそうです。3年の修行の末、お肉を焼けるようにまで上達し、取材記事ではお店の顔となりました。

好きなことだから頑張れる

 「女性料理人選手権」に出場し優勝したことで、フレンチの本場での修行ができる切符を手に入れることに成功。半年間の修行が始まりました。男性社会であったフレンチの調理場。18歳くらいの男の子たちと共に修行した頃の写真を見ると、「本当に男の子ばっかりの中頑張ってたんだね」と驚くくらい、とにかく毎日が戦場だったようです。

どこまでも続く、自分らしさの追求

 帰国後、餃子屋さんで再会した大学の先輩とのご縁で結婚。現在の筑前堀の女将となりました。そこでの自分らしい料理の提供とは、という問いからたどり着いたのが、ケータリングサービス(出張料理)です。相手を想い、好みや体調を聞きながら、日本食はもちろんのこと、フレンチやヘルシー料理など様々なリクエストに応え料理すると言います。「その先にある、相手の喜ぶ顔が見たいから」この想いから試行錯誤しつつ、行き着いた今日。ずっと取りたかったというワインソムリエの資格も取得し、人に合わせた料理の提供を行っています。

これからの挑戦

 外郎(ういろう)伝来の地である福岡で、「博多ういろう」を作り販売する挑戦をしています。もちもちとした食感は、時代に合わせて誰もが美味しいと楽しめる工夫です。

博多ういろう3種

 「私が美味しいと思う料理」というだけでなく、「お客さんと、美味しいと思える料理」の提供を、という想いで料理を提供しているというところが印象的な吉田さん。学んだ料理の型に囚われず、柔軟にお客さんを第一とした料理は、今回お話しをお伺いしてさらに魅力的に映りました。こうしたい、こうでありたいという想いを軸に、柔軟に理想を追い続けられる姿勢と行動力は、聞きながら背筋が自然と伸びました。

関連HP

「のどかな今宿に早く住みたい!」~上ノ原で温かい人々に出会った、ある九大生の感動~

「のどかな今宿に早く住みたい!」~上ノ原で温かい人々に出会った、ある九大生の感動~

文=服藤悠一郎
写真=末本圭子・横川千夏・朴相琥

「今宿ツアー」で松田さんのご自宅を訪問した際の写真(写真右:北垣玲音さん)

九州大学共創学部1年 北垣玲音(きたがきあかね)さん
北海道岩見沢市出身、中学ではバスケットボール、高校ではダンスに熱中。
大学進学を機に福岡に移る。

“面白い教授に出会って、九大に来ました”

「よくわからない学部」と言われる共創学部ですが、共創学部生にとってもよくわからないようですね。北垣さんも「よくわからない」というのですが、

高校生のときに鬼丸教授のお話を聞いて、共創学部なら『何かできそう』って感じました。

迷ったときに先生に紹介して頂いた本や外部のイベントから、興味が広がり、少しずつ自分のやりたいことが具体的に見えてくる、それが共創学部の魅力だと語ってくれました。

北垣さんの場合は、劇作家・平田オリザさんの著書を教授に紹介されて読み、楽しい瞬間をつなぐ表現教育の世界に出会いました。表現をより楽しくする方法を見つけることに興味を持ち、世界の孤児院やスラムの子供たちとミュージカルや映画を作るNPO団体「LES WORLD」で活動しています。今はコロナで十分に活動できていませんが、海外でのワークショップを体験して、作り上げることの楽しさをさらに実感したいと願っているそうです。

NPO団体「LES WORLD」 の集合写真(最右:北垣さん)

“大人も子供もふらっと立ち寄りたくなる、そんな駄菓子屋さんを作っています”

九大の地域活性化サークル「iTOP」の中に、西区桑原地域(九大付近)でCafé、Bar、野菜販売のお店を運営しているプロジェクト「ゼロから伊都」があります。北垣さんも筆者もそのメンバーなのですが、北垣さんは先輩と駄菓子屋さんを始めようと計画しています。

「ゼロから伊都」のメンバー

駄菓子屋さんって、子供だけでなく大人もふらっと立ち寄りたくなるんですよ。だから、ママさんたちにくつろいでもらえるような駄菓子屋さんを作りたいんです!

子供が少ない地域ながら、単価の小さい駄菓子に大人向けの付加価値を加えて、「やりたい」を実現するビジネスを模索しています。

九大生、今宿と出会う

今宿上ノ原の全景

雪深い北海道出身の北垣さん。オンラインで取材したこの日も、家の周りの雪かきから一日が始まったそうですが、九州今宿の田園風景に一目ぼれしたようです。

町並みがかわいいな、って感じました。

きっかけは、去る2020年12月26日に、今宿プロジェクトの末本さんと横川さんが、今宿に来たことがない九大生向けに企画して下さった「今宿ツアー」です。北垣さんも、このとき初めて今宿を訪れました。

それでは、このツアーの様子についてみていきましょう。

はじめに訪問したのは、薦田さんのれんこん畑です。薦田さんの畑では、朝収穫したれんこんをすぐそばで販売されているのですが、我々が着いた時にはすでに完売。「今宿の朝は早いよ」と笑顔の薦田さん。そのまま収穫体験をさせていただきました。

れんこんの収穫体験
れんこんの収穫体験(写真右奥:薦田さん)

ぬかるみだと思いきや意外に土が固く、薦田さんに教えて頂きながら、れんこんを傷つけないように、皆さん慎重に掘っていきます。

れんこんを収穫したときの様子

「れんこん、こんな風に生えてるんだ」と興味津々の北垣さん。ほかの大学生にも、それ以外の方々にも、ぜひ体験してほしいなと話してくれました。

次に末本さんに案内して頂いたのは、叶嶽神社です。

今宿の町が一望できる遙拝所は、紅葉の季節にまた来たくなる、景色のきれいな所でした。しゃもじの形をした絵馬には、どんな言われがあるのでしょうか。気になります。

叶嶽神社 遙拝所

その後、松田さんのご自宅にお邪魔しました。松田さんは、地元の素材を活かして様々な作品を作られている方で、住み心地と美しさを兼ね備えたご自宅は、松田さんこだわりの作品やコレクションが所狭しと並んでいました。玄関の置物をはじめ、障子の配色や甲冑など、ひとつひとつの要素についての理由や思い入れについて教えて頂きました。

自作の道具について説明する松田さん(写真左)

北垣さんは、壁一面に飾られた沢山の振り子時計が印象に残ったようです。ご自身の生活に対する松田さんの愛情が、強く感じられました。

振り子時計と北垣さん

最後に、吉積ぶどう園を訪問しました。このぶどう園では7月末から8月にかけてのシーズン中、とれたてのぶどうと、自家製のぶどうソフトクリームを、畑のそばのお店で販売されています(公式HPより)。作られている様々な品種のぶどうについて、ご主人が楽しそうに教えてくださいました。ぶどうのシーズンにまた寄せて頂きたいですね。

シーズンオフの間、お店では野菜を販売されています。この日は、今宿特産のカツオ菜を使ったお雑煮を、一足早く振舞って頂きました。カツオのような美味しい出汁がとれるカツオ菜ですが、筆者が「スーパーで見かけないですね」と尋ねたところ、今宿でしか流通していないと奥さんに教えて頂きました。

吉積ぶどう園でお雑煮をいただく学生

さて、今回のツアーに参加して今宿がすっかり大好きになった北垣さんですが、この春休み中に今宿に引っ越そうとしています。新たに、上ノ原に学生シェアハウスが誕生するのです。空室があればすぐにでも!ということですが、オープンを前にして既に満室のようです。今宿上ノ原地域に学生が集まりつつあります。

筆者自身もツアーを通じて、学生を歓迎して下さる温かい今宿の人々に感動しました。こうした交流の機会を通じて今宿に興味を持ち、町を訪れる学生が増えて欲しいと願っております。